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「脱原発」について考える

東日本大震災とそれに伴う福島第一原発の事故から1年が過ぎました。
応当日の11日は、各地で慰霊祭が営まれ、テレビも、ほぼ全局が特番を放送してました。

津波の被害も深刻ですが、さらに輪をかけて大変なのが福島第一原発からの放射性物質の汚染事故。放射性物質は目に見えず、また人為的に放射線の放出を抑止できないため、汚染地域から除染するとしても結果としては移動させるだけです。
また、汚染地域にあまねく拡散し、そこにある湖沼や流域に汚染地域がある河川では、水中に放射性物質が集約されて沈降しているとの報道もあります。この放射性物質の汚染事故から、いまや反原発とか脱原発の論調が大きく広がり、今や国内の原発は稼働しているのが僅か2基となり、残りの原発は全て運転停止で再開の目途が立っていません。事故直後の電力会社及び国からの情報発信も、満足がいくものではなく、反原発と脱原発の論調に勢いを与えています。

さて、ここで個人的に原発の功罪と言うか、存在意義を簡単にかつやや乱暴に考えてみます。
原発は、文明科学の象徴ともいえる存在で、安定的に稼働している限りは、低コストで電力を大量に供給する能力があります。その電力により、私たちは日々の生活から工業製品や農産物、ありとあらゆる産業で電気による恩恵を受けてきました。これは、例えば移動手段としてより遠くへより早く快適に移動するために、大型ジェット旅客機や新幹線を利用するのと、根幹は同じだと思っています。
ただ、便利で快適な文明科学の産物は、それなりにリスクもあります。原発では放射能物質ですが、大型ジェット旅客機とて、事故と言うものがあります。そして、最悪の事故としては墜落というものがあり、運悪くそういった事故に遭遇してしまったら生存する可能性は限りなくゼロに近いでしょう。残念ながら、そういった事故は世界的にみれば1年に十件程度は発生しているようです。ジェット旅客機は、化石燃料を高層域で燃やすので、それについての環境汚染への懸念も指摘されています。しかしながら、今のところどれだけ墜落事故が起きようと、ジェット旅客機を止めようと言う活動は聞きません。これは、単純に墜落と言うリスク(日航123便では520名余と言う犠牲があった)を享受してでも、その利便さを捨てられないということです。

振り返って原発です。
放射性物質の汚染は深刻なのは、明らかです。ただし、原発はこの事故が起きる前までは、発電量単位では他の発電方法よりも低コストであり、また温暖化ガスをほとんど排出しないということで、昨年末の政府の温暖化ガス排出量削減の一手段として、原発建設の拡大も盛り込まれていたほどです。また、発電所周辺の地域経済に対して、その実態の賛否はあっても現実に寄与していたのも事実だと思います。そういった効果を捨ててでも、今回の事故で現実化したリスクを回避すべき(ゼロにする)というのが、脱原発・反原発の意味するものなのでしょう。
ここで、脱原発・反原発は原発に代わる発電方法として、再生可能なエネルギーを利用したもの(風力、水力、地熱、波力、太陽光等)を推進すべきといっているようです。しかし、これは私から見ると「ジェット旅客機を止めて、帆船で移動しよう」と言っているように思えてなりません。(最初に言ったように、あくまでも私見で単純かつ乱暴な見方です。また、脱原発や反原発を主張ている人たちが、その類いの話をしたとか、受容する覚悟を持っていると言うことも聞いてはいません。)
現実に、電力不足を補うために、今は火力発電をフルに活用している状態です。これは、温暖化ガスである二酸化炭素を大量に排出する一方、燃料(発電)コストが大きく嵩む結果となっています。このため、昨年暮れに策定した温暖化ガスの排出力削減の目標は、もはや達成不可能なのは明らかなのではないでしょうか?
(このことを、今の政権は何も説明しないのも、気に入らない。)
水力発電はダムが必要となります。が、これも震災以前は、コストパフォーマンスや建設地域の自然破壊などがクローズアップされ、各地で脱ダムの動きが顕著でした。が、震災後はどうなったのでしょう??原発の代わりとする、発電用ダムの建設を推進すると言う話も聞きません。
ちなみに、ダムも地震のリスクからは逃れられません。現実に、震災では農業用水用のダムが地震の揺れにより決壊して犠牲者が出ています。他の発電方法とて、大震災のリスクは何かしら存在し、発電力の規模や安定度では、現時点では到底原発の代替にはなりえません。最近話題のメガソーラー発電ですが、広大な土地が必要でかつその施設内では自然環境と言われるものは皆無となるでしょう。要は、自然環境を育む太陽エネルギーを搾取するのがメガソーラー発電だとも言えますので…

この先、さらなる技術革新が進んで、原発以外の発電方法が原発並みのコストパフォーマンスを発揮する日が来るかもしれませんし、それを目指さなければいけないでしょう。が、それにはまだまだ時間が必要です。
今、原発をすべて捨てることは、経済活動を縮小し生活レベルを下げることになります。今のところ、私にはそこまでの選択は出来ません。今ある、原発のリスクを享受しながら、他の代替手段の発展度と引き換えに徐々に原発への依存度を縮小していくと言う方法が現実的であろうと思っています。

文明の利器には、必ず利点と欠点、効果とリスクがつきものです。その中で相反する問題のどちらに軸足を置くか。軸足を置く場所によって主張が異なってくるのが、原発問題であろうと考えます。

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